【2019年7月】「広島、豪雨被災地を支えた「臨時バス」の舞台裏」に載せきれなかった災害時BRTの舞台裏(後編)

(過去の投稿のコンテンツをこちらに移しております。本記事は2019年7月15日のものです。)

本記事は東洋経済オンラインで掲載した記事に書ききれなかった話を載せています。

広島、豪雨被災地を支えた「臨時バス」の舞台裏 | ローカル線・公共交通中国地方を中心に甚大な被害をもたらした西日本豪雨から、この7月で1年が経った。豪雨災害による鉄道の不通は、地域の通勤・通学toyokeizai.net 

前編は「災害時BRT」の立ち上がりに際しての舞台裏、実行の中枢にいた呉高専神田教授のバックボーンについて紹介してきました。

後編では「災害時BRT」が走り始めて以降、情報提供についての取り組みについてと神田教授が提言する今後の災害対応に必要なことについて紹介していきます。

情報提供の舞台裏

さて、災害時BRTの開始やJR呉線代行バスのスタートで広島-呉間では輸送手段の充実化が図られた。ただ、系統は複雑化してしまう。すると次に情報の集約が必要となった。

実際、現地での案内はバスターミナルや駅にある紙ベースの案内がメインとなり、web上の案内は各事業者が事業者毎の情報を出している状態で、代行輸送の全体像を把握することは大変難しかった。それは東京大学の伊藤特任講師が現地入りした際に撮影された画像でもわかる。

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災害時の公共交通情報提供の実現〜西日本豪雨の際の広島〜呉間での実践を例に〜 from Masaki Ito

そのために、災害時緊急輸送船や緊急時輸送バス(7月17日から7月20日まで運行)ははじめ、利用率が非常に低かった。中国新聞では次のように報道されている。

江田島市の小用港を午前7時10分に出発して広島港へ向かう高速船和加には、17日朝、通勤・通学客120人が押しかける事態になった。定員96人の和加には乗り切れないため、はやしお(定員119人)を臨時に出し、分散させて運航した。この日は、この便を含め午前6~7時台の小用-広島の4便に計250人が乗船した。多くは呉港からの経由客という。この日運航を始めたJRの代行フェリー(定員500人)にはわずか70人しか乗車しなかったのとは対照的な結果になった。」
中国新聞2018年7月18日付け28面『「安心して広島に通える」』より引用)
JR西日本広島支社(広島市東区)によると、午前9時15分までに計33本を運行。同支社と広島県は乗車人数を千~2千人と想定していたが、乗客は計約500人にとどまった。」
中国新聞2018年7月18日付け32面『特例バス・フェリー始動』より引用)

7月19日付けの中国新聞でも緊急輸送船や緊急輸送バスの利用が伸びていないことが報じられている。

おそらくこれは当時、情報がうまく行きわたっていなかったことを示している。要因としては、災害時臨時輸送バス・緊急輸送バス・船舶情報がバラバラに情報提供されていたことに起因する。この後に運行されたJR呉線代行輸送バスも情報の粒度は荒かった。

こうした状況下だと人々の公共交通利用率も低下するし、外から来る人(ボランティアなど)もアクセスしづらく、「まだ呉は行ってはいけなさそうだ」となり、復興の足かせにもなりかねない。そこで情報整備は重要であった。だからこそ、神田教授ははじめ経路検索サービスへの代行バスダイヤの掲載を目指したのだ。

まず情報提供のレベル分けをし、できるところをやることとし、そのために情報をまとめて見られるようなHP作成を進めることに決めた。そこで鉄道・バスや船の運行情報を集約し案内するwebページを広島県バス協会のwebサイト内に8月10日に開設する。経路検索サービスからはこのページへのリンクを貼ってもらい、総合案内webページからは呉市交通政策課のwebサイト、広電バスの時刻表と実際の実績時分の情報ページ、JR代行輸送バスの走行位置情報などにアクセスできるようにし、情報が欲しい人に対し導線を作った。

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広島-呉間における公共交通の情報提供の導線イメージ(伊藤昌毅特任講師のスライドから引用)

続いて行ったのはバスロケーションシステムの展開だ。

特に呉線代行バスは各停便にはバスロケーションシステム実装の必要性があると判断された。なぜなら、途中バス停の時刻は公開されていなかったことで、途中バス停の利用者はいつバス停にいっていいかわからない状況にあった。ちなみに広島県で普及しているバスロケーションシステム「BUSit」というものがあったが、臨時ダイヤで運行していること、代行バスそのものが全国各地に応援を要請して走らせていることがあり、対応ができなかった。

そこでバスロケーションシステムを構築するということになったのだが、そもそもの話として短期間のバスロケーションシステムの設置は大変難しい。なぜなら様々な情報を載せているからだ。

バスロケーションシステムの扱う情報をざっと上げても「バスが営業中か回送か」、「バスの行先はどこか」、「バスが運行している向きはどちら方面か」、「計画ダイヤからの遅れは何分か」、「バス車両の情報」といったものがある。更に専用アプリの開発まで入れば多額の資金もかかる。

ではなぜ今回のバスロケーションシステムは2週間で設置できたか。それはシンプルな作りにしたからだ。

まず、システム構築にあたって今回のサービスの対象である「JR呉線代行バス各停便」の状況に即し、表示する情報を整理した。代行バスは途中停留所の時刻は載っていない。そのため、遅れ情報というものが作成できない。それならば、「どこへ行く」バスが「どこにいる」という情報がわかればいい。そこで、方向をアイコンの色で識別、更に行先を表示し、地図上にバスの走行位置とバス停位置のみを表示するものとした。

バスに積み込む位置情報端末は坂方面のものと呉方面のものを分けた。端末は始発バス停で積み込み、終点バス停で回収するオペレーションとした。

こうした情報の取捨選択やオペレーションの成果もあって、お盆休みを挟んで2週間でバスロケーションシステムを展開することができたというわけだ。

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実際に運用されていたバスロケーションシステムの表示画面(ヴァル研究所諸星賢治氏(当時)提供)

このバスロケーションシステムの展開には岐阜県中津川市でのバスロケーションシステム整備の事例が役に立っているという。以下に参考資料を載せておく。


いつおきるかわからない次の災害に向けて

最後に、神田教授が一連の動きを振り返って語ったポイントに関して補足したいことを3つ載せておく。

・72時間の作戦立案について
情報収集と作戦立案を72時間でやっておきたい、と語る神田教授であったが、今後は次の様な要素も72時間の中には入れていきたいという。

「今回できなかったが、学校や仕事を休ませることで動く人の需要をコントロールする作戦の立案はしたかった。今回はやりたくても調整するためのネットワークが無かった。しかし、携帯データとかから日頃の人の移動の需要はわかる。今後は移動の需要をコントロールする作戦を立てることも72時間のうちに入れていけるようにしたい」(神田教授)

・情報提供について
今回の広島-呉間の事例では公共交通の運行情報をまとめるサイトの構築と一部バス便へのバスロケーションシステム実装が図られた。しかし、今後は経路検索サービスへの反映はしたいようだ。

「我々が直接、いま国交省がやっているオープンデータ化で使われている標準的なバス情報フォーマット(GTFS-JP)で作られたデータに触れたとすれば、例えば検索アプリやグーグルマップに反映されたかもしれないという考え方もある。いまは代替交通や臨時輸送の情報があっても事業者毎にバラバラに情報が出る。究極はスマートフォンで代替交通や臨時輸送も全て検索できるようにして、災害時にも普段使っているツールが使えるところまではもっていきたい」(神田教授)

こうした思いからいま神田教授は「人作り」も進めているという。

「いま直接公共交通のデータをつくる方法を得て、学生にも伝えている。今後災害起こっても、学生が自分たちでデータを作ることができる」(神田教授)

・財源手当について
財源手当の重要性について、東洋経済オンラインの記事では警備員費の話だけであったが、神田教授は次の様にも語った。

「きちんと枠組みがないと、何かしたくても誰があとでこのお金を精算するのかと突っつかれることになってしまうため、不安でできない。もちろん、お金を出さないのが悪いということではない。運輸事業者は運行が止まるのでキャッシュの入りが止まるから不安になる。お金の手当の枠組みがないからできなくなってしまう」(神田教授)

また、後半で紹介したバスロケーションシステムの構築は協力事業者の持ち出しで行われた。これについては「今回はボランティアベースでやったが、何度もできるものではない」(ヴァル研究所・諸星賢治氏)という声もある。

お金の問題で動きが止まってしまうことはとてももったいない。おそらく費用対効果としては復旧工事に比べれば少ない額で多くの効用を得られるのが災害時の公共交通の手当だ。ゆえに財源確保は重要といえよう。

・おわりに
ここまで東洋経済オンラインに載せきれなかった災害時BRTの舞台裏について、書かせていただきました。今回は「プランニング」の側からの話が中心でした。本当はJR呉線代行輸送バスで大活躍した西日本のバス会社の活躍など「現場」の話も載せていきたいのですが、これはいずれ別の機会に取材をしたいと考えています。

それでは最後に付録として災害時BRTが行われている際の輸送体系とその前後の動きを追う表をつくったので公開させていただきます。

長々とした文章でしたが、お付き合いいただきありがとうございました。

付録.災害時BRT実行時、輸送体系はどうだったか、時系列で追う

無題